大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)11601号 判決

原告

二幸建設株式会社

被告

額田直巳

ほか一名

主文

一  被告額田直巳は、原告に対し、金七二万一三九九円及びこれに対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告額田ヨシ子は、原告に対し、金七二万一三九九円及びこれに対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金五三一万一五五六円及びこれに対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、電気工事等を業とする者であるところ、平成六年四月二一日午前二時一五分ころ、東京都杉並区永福一丁目九番一号先甲州街道上り線明大正門入口前路上において、電気配線の地中化工事を行つていた(以下「本件工事」という。)ところ、額田直正運転の自家用普通乗用車が、右工事現場に突つ込んできて、原告が使用していた自家用普通貨物自動車(以下「被害車両」という。)等に衝突して損傷させた上に、原告関連子会社従業員を死亡させ、額田直正も死亡した(以下「本件交通事故」という。)。

2  額田直正は、原告に対し、民法七〇九条に基づき、本件交通事故による損害賠償債務を負うところ、額田直正が死亡したため、同人の父母である被告らが、右損害賠償債務を二分の一ずつ相続した。

二  争点

本件は、損害の範囲が争点である。

1  原告の主張

原告は、本件交通事故により、次のとおり合計五三一万一五五六円の損害を負つた。

(一) 休業による営業損害 一〇二万八一九二円

原告は、本件交通事故により、本件工事を担当していた浜手班の作業員を四日間休まさざるを得なくなつた。仮に、本件交通事故がなければ、浜手班は、他の工事で四日分の営業利益を上げることができた。

そして、他の工事でも、本件工事の営業利益額と同じ営業利益を上げることができるところ、本件工事の営業利益額が八七三万九六三五円、本件工事完成までの必要日数が三四日であるから、休業による営業損害は、次の数式のとおり、一〇二万八一九二円である。

8,739,635×4/34=1,028,192

(二) 労務費損害 四六万二三六四円

本件工事を担当していた浜手班は、本件交通事故により、本件工事を四日間休んだが、原告は、浜手班の作業員八名を四日間有給で休ませた。そして、原告は、作業員八名に対し、一日当たり別紙労務費損害計算のとおり合計一一万五五九一円を支払つたから、原告の四日分の労務損害は、一一万五五九一円に四を乗じた四六万二三六四円である。

(三) リース料損害 二八二万一〇〇〇円

(1) 被害車両は、平成二年六月一四日、株式会社ジヤスト(後の株式会社ジヤストオートリーシング。以下「株式会社ジヤスト」という。)とのリース契約に基づき、リースを受けていた車両である。

原告は、通常、八年間リース車両のリースを受けているから、被害車両も八年間リースを受けるはずである。

(2) ところで、本件被害車両のリース料は、当初の五年間が合計一一〇六万二二〇〇円、六年目が合計一一九万四七一七円、七年目が合計一〇八万七一九二円、八年目が合計九六万七六〇〇円であるから、総合計が一四三一万一七〇九円となる(なお、六年目以降は、被害車両と類似の車両の再リース契約に基づくリース料の平均額によつている。)。

したがつて、被害車両を八年間リースした場合の一箇月当たりのリース料は、一四三一万一七〇九円を九六箇月(八年)で除した一四万九〇八〇円である。

(3) そして、原告は、本件交通事故により被害車両を使用できなくなつたため、被害車両と同種の車両を入れ替えたが、そのリース料が一箇月当たり二三万五五〇〇円である。

(4) それゆえ、原告が、本件交通事故により余分に支払わなければならなくなつたリース料は、次の数式のとおり、四三二万一〇〇〇円であるが、一五〇万円が保険により補填されたので、その差額二八二万一〇〇〇円の支払を求める。

なお、次の数式中の五〇は、被害車両のリース期間九六箇月(八年)から、既に経過したリース期間四六箇月(被害車両のリース開始日である平成二年七月二六日から、本件交通事故が起きた平成六年四月二一日までの月数)を控除した月数である。

(235,500-149,080)×50=4,321,000

(四) 慰謝料 五〇万円

原告は、額田直正の暴走行為で起きた本件交通事故により、原告関連子会社従業員の死亡による葬儀の手配、注文業者・元請会社・官庁等に対する事情説明をしなければならず、原告の平常業務に支障が生じた。それにもかかわらず、額田直正の父母である被告らは、本件交通事故の処理につき著しく不誠実である。これらのことで、原告が被つた交通費、通信費等の損害は、算定不能であるため、慰謝料として請求する。

(五) 弁護士費用 五〇万円

2  被告らの主張

(一) 休業による営業損害

争う。

(二) 労務費損害

企業は、工事の停滞等不測の事態があり得ることを常に考慮に入れておくべきであり、仮に不測の事態が生じた場合であつても労務費等が無駄にならないように配慮すべきである。

したがつて、原告が、本件交通事故により浜手班の作業員八名を四日間有給で休ませざるを得なくなつたとしても、その労務費を損害として請求することはできない。

(三) リース料損害

(1) 原告が主張する、リース契約に係る損害は、特別の事情により生じた損害であるところ、右特別の事情につき予見可能性はない。

(2) また、リース物件の損害は車両の時価に限られる。ところで、被害車両、及び被害車両に附属された照明装置の本件交通事故時における時価は合計二六〇万円であるところ、このうち一五〇万円は、被害車両の所有者であり、かつ、リース会社である株式会社ジヤストに対し支払済みである。

(3) そして、原告が、被害車両と同種の車両のリースを受けることは、原告が事業を継続する限りいずれは生じるものであり、本件交通事故があつてもその時期が早まつたにすぎないから、原告が主張する、リース契約に係る損害と本件交通事故との間に相当因果関係はない。

(四) 慰謝料

被告らは、額田直正の父母であり、額田直正の損害賠償債務を相続したにすぎないから、仮に本件交通事故における額田直正の態様が悪かつたとしても、慰謝料の斟酌事由とすべきではない。

そして、本件における原告の請求が物損であるから慰謝料を認める必要がなく、また、原告が主張するような制裁的慰謝料を認める必要もない。

(五) 弁護士費用

争う。

第三当裁判所の判断

一  休業による営業損害 〇円

1  原告は、本件工事の営業利益額八七三万九六三五円に基づき、他の工事で得ることができたはずの営業利益を算定し、主張しているが、そもそも、他の工事の営業利益が、本件工事の営業利益八七三万九六三五円であるとは直ちにいえず(証人大西康之の証人調書(以下「大西調書」という。)一九項ないし二六項)、本件工事の営業利益をもつて、本件交通事故がなければ、他の工事で得ることができたはずの四日間分の営業利益を算定する原告の主張には疑問がある。

なお、原告の売上げに対する営業利益率は三八パーセントであるとのことである(大西調書四一項)が、右営業利益率を前提としても売上額が異なれば営業利益が異なるのであるから、本件工事の営業利益八七三万九六三五円が、他の工事で得ることができた営業利益とはならない。

2  また、関電工が原告に下請けさせる工事は、毎年四月と一〇月に関電工が原告にその年の半期の工事量(付託予定工量)の指示をし、それを受けて原告は、稼働日数を予定しているのであり、その付託予定工量は各年ごとに変化する(したがつて、稼働日数も各年ごとに変化する。)ものである(甲第一三号証の一、大西調書六項・一五項・二七項・五四項)から、本件交通事故が起きたことにより、本件交通事故日の属する営業年度に他の工事の遅れが四日分あつたとしても、遅くとも次の営業年度は、その遅れを考慮に入れて稼働日数等が決められ、右遅れを取り戻していると推認できるのであつて、仮に本件交通事故日の属する営業年度に四日分の遅れによる営業利益の減少があつたとしても、既に回復されているものと考えられる。

3  したがつて、原告主張の休業による営業損害が発生したと認められないのであり、右主張は失当である。

二  労務費損害 四六万二三六四円

1  浜手班は、本件交通事故により、本件工事を四日間休んだが、その際、原告が浜手班の作業員に支払つた、一日当たりの労務費の内容及び金額は、別紙労務費損害計算のとおりであり、原告は、右作業員に四日間で合計四六万二三六四円支払つた(甲第一五号証から第一八号証まで、第三二号証の一ないし八、第三五号証、証人小林洋明の証人調書(以下「小林調書」という。)五項ないし一四項・三三項)。

2  ところで、原告では、工事現場ごとに配置する人員を事前に決めており、何らかの事情で余つた人員を他の工事現場に行かせてそこで仕事をさせることはできない体制になつているから、本件工事を行う予定であつた浜手班の作業員八名も、本件交通事故により本件工事が四日間できなくなつたが、他の工事現場に行くこともできずに、現場検証立会い、事情聴取等警察の捜査への協力、元請業者への事故報告書の作成、機械点検整備といつた本件事故の処理を四日間行つていたものであり、このような場合、原告では賃金を支払う扱いであつた(甲第一五号証から第一八号証、小林調書三項・四項・七項・二一項ないし二四項)。

したがつて、原告が支払つた労務費四六万二三六四円は、本件交通事故による損害といえる。

なお、被告らは、原告が不測の事態に常に備えておくべきであつた旨主張する(前記第二の二2(二))が、右主張は、不測の事態に備えて各工事現場に余分の仕事を常に用意しておくことを前提とするが、そのようなことは不合理であるから、被告らの右主張は失当である。

三  リース料損害 八八万〇四三四円

1  原告は、本件交通事故で、被害車両のリース料より高いリース料で同種車両をリースしなければならないという損害を受けており(甲第四号証、第三一号証の一、第五二号証一五頁・一八頁、大西調書一二項ないし一四項・四八項)、仮に右損害が、特別の事情によつて生じた損害であつたとしても、工事車両にリース物件が多いことからすれば、本件交通事故によりリース物件である被害車両が損傷し、そのため右損害を生じることを本件交通事故時に予見することは可能というべきであつて、本件交通事故と右損害との間には相当因果関係があるといえ、被告らの主張(前記第二の二2(三)(1))は失当である。

そして、その損害は、被害車両の所有者であり、かつ、リース会社である株式会社ジヤスト(甲第三号証、第四号証)の受けた被害車両の時価相当額の損害とは異なる損害であるから、原告がその損害を請求でき、被告らの主張(前記第二の二2(三)(2))は失当である。

かつまた、原告は、本件交通事故で、被害車両のリース料より高い同種車両のリース料を、被害車両のリース期間満了前に負担しなければならなくなつており、その差額は将来において回復できるものとは認められないから、被告らの主張(前記第二の二2(三)(3))は失当である。

2  そうすると、原告は、平成六年四月二一日(本件交通事故日)から平成七年七月二五日(リース契約の期限)まで月額一八万四三七〇円のリース料で被害車両をリースできるはずであつたが、本件交通事故により月額二四万二五六五円のリース料で被害車両と同種の車両をリースしなければならなくなつた(甲第四号証、第三一号証の一、第五二号証一五頁・一八頁、大西調書一二項ないし一四項・四八項)から、その差額五万八一九五円が、一箇月当たりの原告のリース料に係る損害である。

3  ところで、原告では、通常、リース車両につき、五年間のリースの後、三年間再リースしていたとのことである(甲第八号証、第三六号証の一・二、第三七号証の一・二、第三八号証の一・二、第三九号証の一・二、第四〇号証の一・二、第五二号証一四頁、大西調書一四項・五三項)が、被害車両がリース期間満了後、当然に再リースされ、八年間リースを受けることができたとまで推認するのは困難である。

このことは、被害車両のリース契約書(甲第四号証)一四条一項で、「リース期間満了の二ケ月前までに原告が株式会社ジヤストに対して申し入れした場合に限り、原告と株式会社ジヤストとは協議して車について新たなリース契約(再リース)を締結できます。」とされ、再リースが、原告と株式会社ジヤストとの協議に掛かつていることからもうかがわれる。

それゆえ、原告が株式会社ジヤストと契約した被害車両のリース期間である平成二年七月二六日から平成七年七月二五日まで(甲第四号証)のうち、平成六年四月二一日(本件交通事故日)から平成七年七月二五日(リース契約の期限)までの期間(一五箇月と四日。原告の準備書面五の七頁参照))に基づき、原告の損害を考えるべきである。

4  したがつて、リース料損害は、次の数式のとおり八八万〇四三四円となる(なお、本件交通事故により、被害車両の所有者であり、かつ、リース会社である株式会社ジヤストが、本件交通事故により保険金一五〇万円を受領している(弁論の全趣旨)が、右保険金は、原告の損害の填補とならないから、ここでは考慮しない。)。

(242,565-184,370)×15+(242,565-184,370)×4/31=880,434

四  慰謝料 〇円

原告の主張する慰謝料の内容は、原告関連子会社従業員の死亡による葬儀の手配、注文業者・元請会社・官庁等に対する事情説明のための、交通費、通信費等といつた費用であり、これらは財産上の損害というべきものであつて算定不能というものではなく、無形の損害ではない。したがつて、これらの損害が、算定不能ないし無形の損害であることを前提として、原告が慰謝料を請求するのは失当というべきである。

五  損害合計 一三四万二七九八円

前記一から四までの合計である。

六  弁護士費用 一〇万円

本件における認容額、訴訟の経過等を斟酌すると弁護士費用は一〇万円が相当である。

七  損害総合計 一四四万二七九八円

前記五及び六の合計である。

八  結論

よつて、原告の請求のうち、〈1〉被告額田直巳に対し金七二万一三九九円(前記七の損害総合計一四四万二七九八円のうち被告額田直巳の相続分二分の一に相当する金額)及びこれに対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払、〈2〉被告額田ヨシ子に対し金七二万一三九九円(前記七の損害総合計一四四万二七九八円のうち被告額田ヨシ子の相続分二分の一に相当する金額)及びこれに対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し(なお、不法行為に基づく損害賠償債務を共同相続しても、共同相続人が右損害賠償債務を連帯して支払わなければならなくなるものではない。)、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

労務費損害計算

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例